第1回日中環論国際シンポジウム報告

        第一回日中 環論シンポジュウム報告
                            
                            佐藤真久

1.概要
  1991年10月20日より25日迄中華人民共和国桂林市で第一回日中環論
シンポジュムが開催されました。桂林市の広西師範大学が開催の実務を
執り運営は組織委員会が設置され行われました。
中国側の総責任者は劉紹学教授(北京師範大学)、日本側の総責任者は
太刀川弘幸教授(筑波大学)があたられました。その他の委員としては
比較的若い層から多く選出されていた事は今後のシンポジュウムの継続発展
という点で好ましい事と思われます。
ちなみに日本側の委員は原田学氏(大阪市立大学)丸林英俊(鳴門教育大学)
と筆者でありました。
受付をした参加者は中国側55名日本側18名でその他ドイツから2名カナダ
から3名の参加者がありました。
  開催に至るまでは、体制の違う国であるとか、どの様に運営して行くのか
等の解決しなけばならない問題が山積し、かなり苦労しなければならず
紆余曲折していたようですが、特に太刀川氏をはじめ関係者の多大な
尽力でとにかく開催までやっとこぎつけました。
  講演はPLENARY SESSIONで12講演、3つに分かれた分科会で60の講演が
行われました。この報告集は中国側では発行できる経済的基盤がないため
日本側が発行を引き受けました。とは言っても適当な発行を行える助成も
日本にはありませんので私費を投じて発行する事になり、
富永久雄(岡山大学)太刀川弘幸、原田学の各氏が大部分を、残り不足分を
丸林英俊氏と筆者が出し合い、富永氏に発行の労をボランティアで取って
貰うことになりました。


2.会場
  桂林市の郊外にある溶城飯店を借り切り、全員が宿泊し、ここを会場
にして開催されました。日本を発つ前は中国での生活に相当苦労するのでは
ないかと考えていましたが、広西師範大学数学教室主任・程福長氏及び
そのスタッフの気付かいもあって、シンポジュウム中は快適でかつ交流と
研究に専念でき、この上ない環境でありました。広西師範大学でも相当の力
の入れようで学長自ら挨拶、歓迎会主催等その意気込みが伝わってきて
日本とは違い学問に力を入れている様子がよく伺われました。
  2日程ツア−の日が設けられ璃江下りと市内見学に充てられ奇岩奇景で
知られる桂林の美しい自然風土を満喫し頭をリフッシュできました。桂林が
選ばれたのは中国有数の観光名所でありこの時期は大変気候も良いからとの事
でありました。
  ホテルのサ−ビスもよく、講演中でも聴衆にお茶がつがれ休憩では
お茶菓子がサ−ビスされゆったりでき快適でありました。外貨稼ぎに
国際会議を開くという悪口を聞く事もありますが、我々からみて安価で居心地
の良い場所で会議を開けそれが中国の数学の発展と国益に結びつくのなら
それはそれで良いのではないでしょうか。日本ではこの様な良い環境を
提供して開催するとなれば莫大な費用を要しとても不可能でありますから。


3.中国とは
  近くて遠かった国、それが中国ではないでしょうか。社会体制の違いで
なかなか交流が持てなかったのは残念な事でした。しかし今は少し近い国に
なったと言えるでしょう。
  中国に行って気付いた事は、顔や体型ばかりでなく感覚的なものが
日本人とよく似ていて更に日本人と同じ様な反応を示す事です。
欧米に居るのと比べるとそれだけでも気疲れしません。もっとも日本が
中国から影響を多く受けているのですから至極当然なのかも知れませんが。
特に名刺を渡す習慣があるのには驚きました。漢字の発音はまるで違いますが
判読出来て意味が判るのは好都合です。何処にいても文字から状況・位置を
推察でき、地元の人達にジロジロ見られたりせず歩けるのは気が休まります。
  中国の人々はおおらかな所があり、せっかちな日本人としてはやきもき
させられる事もしばしばあります。先ずビザの取得についてですが、
最初英語の招待状を送ってくれましたが、中国大使館で受け付けて貰えず
結局中国語で書かれた中国外務省発行の正式招待状が届いたのは開催2週間前
でした。日本側参加者全員の名前が載ってなく、時間の関係もあってこれを
利用しなかった参加者が大勢いました。もっとも手続きの費用は旅行会社に
依頼してもあまり変わらないし、利用したツア−に依っては香港でのビザ取得料
も含まれていたりで利用価値はあまり無いと言えますが。次に会場が開催通知
にあった所と違っていて空港で出迎えを受けなかった人はタクシ−で別の所へ
いく羽目になり苦労したようです。中国側でも到着便を知らせていなかった
参加者でも空港で会えるようにと開催2日前から関係者が1日中看板を持って
立っていて、配慮はしていたのですが、互いに面識がないのと双方で用いる
漢字が多少形が違い判らずに素通りしてしまった参加者もいたようです。
私は3日前から出向いていたので、準備状況をつぶさに見ていましたが、
やり方そのものが日本人のせっかちな方法とまるで違い興味深いものがあり
ました。要するにその場にならなければやらないのであって、それを心得て
いれば何も心配ないし腹も立たずに済みます。ゆったりはしていても
予約再確認、帰路便の予約等の大切な事は完璧にやってくれました。
中国では必要な時に切符を買うようで予約はあまり馴染まないようです。
オンラインによる切符の発行に慣れた日本人には切符がないのは不安ですが、
これがこちらの習慣とあれば従うしか仕方がないでしょう。
最後に何とかなる国、それが中国なのでしょう。実際中国の参加者は殆ど列車を
利用して来ていて、帰路の切符の手配はホテルに依頼してましたし飛行機
についても同様でした。こちらの列車はとにかく時間が掛かるようで、
桂林−上海間は30時間掛かるそうです。ある腹旦大学の若手研究者が指定が
取れなく30時間の内24時間立ちっぱなしで、私の談話会に間に合うように
帰ってきたと聞かされた時は大変だと感じると同時に申し訳ない
気がしました。


4.シンポジュムの雰囲気
  講演は英語で行われました。講演を流暢な英語で行うので相当語学力を
持っているものと思い話し掛けてみるとそれほど英語での会話が得意でない
という人が多くいました。日本と反対のような気がします。数学の専門家でも
あまり英語を話したがらないのか、性格的に昔の日本人と似ていて控えめなのか
判らないのですが、とにかく英語であまり喋りません。それはともかく若い人を
中心に学んでいこうという気が旺盛で積極的にコンタクトを取る姿勢が印象的
でした。ただ情報が入り難く世界でどの様な進展があったのかという速報性に
乏しいようで、とにかくいろいろ情報を送って欲しいという要望を耳に
しました。大きな大学より地方の中小の大学の研究者にこの様な傾向が
見られたのは、日本と同様無理からぬ事ではありますが。
  Ringel予想を解いた張英伯女子は子供連れで来ていて親に子供の面倒を
見て貰って講演に参加していました。日本からは原田先生と浅芝氏が家族で
参加していました。家族で参加する事について日本と中国では生活上の意味が
違うでしょうがもっと有っていいような気がします。時期的な問題があるので
しょうが。
  内容については、北京師範大学を中心に多元環の表現論が研究されていて
それなりの成果を上げているようで若い研究者の結果が沢山報告されました。
また表現論以外でも広い分野で研究が行われているようで、この方面でも発表
がかなりありました。中国では代数はあまり強くないと言ってましたが、
これだけ環論の研究者が多く居るのを知り日中協力すれば大きな基盤が将来
出来る期待が持てた事は大きな収穫でした。南京大学、広西師範大学を中心に
COHERENT RINGの話題が多く発表されていました。これはこれまでの中国の
大学の指導的役割を担ってきた研究者の研究テ−マの影響でしょう。
滞在中1冊の環論の本を程福長教授より頂きましたが、大学の出版局より
出され中国語で書かれた学生用の著書との事でしたが内容が素晴らしい本で、
これ程基礎から書かれ環論の必要な事を網羅しきちんと書かれた環論の本を
見た事がありません。こう言った地道な努力が学生に環論を勉強し易くして
多くの環論研究者を輩出したのでしょう。日本も売れる本ばかり書かないで、
こういった本が手軽に出せるよう、こういったシステムを学ぶ必要が
あるのではないでしょうか。


5.プログラムについて
  PLENARY SESSIONで行われた講演の題名と発表者名を記して、日中の環論に
おける研究分野の重点の置き方の違い等を推察して頂き、研究が関係がありそうで
あると思われる方はぜひ連絡を取って頂ければ、中国側の望むところであり
この会議を開催した意味も大きくなり幸いであります。

 1. 原田学(大阪市大)
  Hereditary rings and almost relative projectives
2. Zhou Bozum(南京大学)
Homological dimension of coherent rings
3. 太刀川弘幸(筑波大学)
On the vanishing of Hochschild cohomology over local algebras
4. Rolf Johannesson, Zhe-Xian Wan (Lind University)
Submodules of F[x]n and their relations to convolutional codes
and their linear system
5. Xie Bangjie, Guo Yuanchun (吉林大学)
Rings with chain conditions
6. Claus M. Ringel (Bielefeld University)
Application of Representation Theory of finite dimensional
hereditary algebra
7. 丸林英俊(鳴門教育大)
Maximal orders in a simple artinian ring and related topics
8. Wu Quanshui(腹旦大学)
  Algebras Micro-localization and Holomic modules
9. Zhang Yingbai(北京師範大学)
  AR-quiver and Ringel's conjecture
10. Guo Jinyun(雲南師範大学)
The Hall algebra of cyclic serial algebra
11. 佐藤真久(山梨大学)
The classification of QF-3 algebras of finite representation type
12. Bruno J. Muller (McMaster University)
The structure of serial rings


6.第2回目について
  次回は1995年に日本で開催する事になりました。日本からの参加者
で滞在中話あって一応の見通しをつけました。結局横川・中本氏の尽力で
岡山理科大学が引き受けてくれ事になり、かなりのバックアップをして
くれる事になるようです。総責任者は丸林氏があたる事になります。
中国には多くの可能性を秘めた人達が多くいます。こういった可能性を引き出し
高めていき多くの研究者が輩出する事は環論ばかりでなく数学全体の活性化
にもつながりアジアにおける数学の進歩にも貢献できると考えます。
資金的な面その他で多くの困難がありますが、更にこうした交流を
拡大出来たら実に素晴らしい事ではないでしょうか。

                      (山梨大学教育学部)